今週は、週末が無くなるのかしら?と、ひそかに不安に思いつつ、腹をくくっているそんな夜。
みなさん、こんばんは。
涼しいんだか暑いんだかいまいち掴めない夜、いかがお過ごしですか?
先日、父が定年退職した。
ああ、もうそんな時期が来てしまったんだな〜って感慨深い。もう、これからは会社に行く事もないのだろうから。
というわけで、兄弟で定年退職と、長年連れ添って来た母への感謝の気持ちを込めて、小さなお祝いをしました。
京懐石の美味しいお店で、ちょっと高級な感じだったけど、案の定、すっかりはっちゃん中心になってしまった。
でも、もう本当にかわいいのだもの。はっちゃんは、遠く離れて暮らす私にはあまり反応しないけど、父と母には、もう本当に嬉しそうな笑顔をむける。これがかわいくって、密かにとっても悔しい。
相変わらず、音楽が大好きで、掴まり立ちできるようになった足で、ラッパーさながらのリズム?の取りっぷり。これには、みんなで大爆笑。ぐずっていても、歌を歌ってあげると、手を叩いてリズムを取り出す。本当に楽しそう。
相変わらず、ワンテンポ遅い、相手が完全にいなくなってから手を振るバイバイをお料理を運んでくる若いお姉さんにしていたのだけど、何度も運びにきてくれているうちに、すっかりタイミングがバッチリあうようになっていた。
弟がおっぱいを「ほら、おっぱい!」って差し出したら、弟のおっぱいにゆっくりそ〜っと吸い付こうとしたから、吸い付く寸前で家族全員で「う
ぎゃ〜!」って言ったもんだから、みんなで大笑い。ハルちゃんもどうやら本気じゃなかったらしく、弟によると、よくお風呂でそうやって遊んでいるらしい。
ふう〜びっくりした。でも、吸い付こうとするハルちゃんは、それはそれはかわいかった。
お父さんのおっぱいに吸い付くなんて、冗談でも今しかしない行為だろうからね。
それにしても、1歳ってこんなに頭がいいのだろうかって驚く程、人間としてしっかりしている。
凄く色々な事を考えているんだなってよく分かる。
でも、やっぱり、笑顔を見ると、魂の底から喜んでいるのが伝わってくる。産まれてきて、嬉しくて仕方ないように見える。
それだけで、十分だ。
私が見たいのは、この、魂の底から沸き上がる歓喜なのだなって思う。
さて。
普段は、こんな風に完全子供たちが仕切るって言うイベントはないものだから、父と母は、もう本当に嬉しそうで、よかった。花束もとっても素敵にやってくれたので、父がしきりに感激していた。
私たちは、親子という言葉より、友達という言葉の方がしっくりくる家族だなあって思う。
本当に、そんな感じだ。
愛しすぎて、困ってしまう。
さて。
次の日、車でちょっと買い物に出掛け、帰りにスーパーに寄った母が、「無料で占いみたいのをやっているから、やってみない?」なんて言うのだけど、「スーパーの中で占い?」と、ちょっとだけ不審に思いつつ覗きに行ってみたら、つい入ってしまった。
占いとはちょっと違って、姓名判断と星で、その人がどんな宿命を背負っているかとか、数字によってどんなものを引き寄せているかとか、そういったものをみてくれた。
あくまでも、数字と星で判断して行くんだけど、いわゆる本とは違っていて、とちゅうで親子揃ってあれこれと色々言っても、話が閉じるどころか、盛り上がっちゃって、結構哀しい事実も聞かされてたけど、面白かった。
母は、「私は悩みはないので、横で見てま〜す♪」なんて言ったら、すかさず「悩みがあるとかそういうもんじゃない」と言われて、名前を一緒に見てもらうことに。
きっと母は、ちょっと娘の出会い運でも見てもらおうなんて、軽い気持ちだったのだろうけど、予想以上に面白くて、このおじさんはこの仕事が天職なのだなあって思った。
まず、私と母はとても強烈に相性がいいそうだ。「だから、お母さんのような男性を探せばいいんだよ」なんて、笑われてしまった。
そして、親子揃って第六感が凄く働くらしい。
私は、自分の事をスピーディーだと思った事はないし、むしろとろいと思っていたけど、親子揃って早い早いって何回も言われた。それは、判断力とか見抜く
力の事らしくて、私はとにかく物事を分析して結論を導くのが早いというのに対して、母は、その先のお話で、考える前に分かってしまうって言う力を持ってい
るらしい。
でも、確かにそうかも知れないと思った。母の言葉に、何度どきっとさせられた事か。凄いのは、本人は全く考えずに喋っているところなんだけど。昔、弟と「お母さんってちょっと怖いよね」って言いあったくらい。
私の名前の涼子の字画は15で、その数字はもの凄く女性としていい力を持っているのに、その他が男らしい使命を負わずにはいられないような数字らしくって、その外見と内面のギャップが、女性の幸せを遠ざけている要因でもある、と要約すればそんなような事を言っていた。
また、他人を見切るのも早くて、そう言うところがあるねえ〜って、いいながら、ちょっとニヤニヤしながら、「ただね、おおむね当たっているんだよね」って言っていた。確かに、私も母も、何かとても守られているような気がしてならない。
特に母は、もの凄い強運の持ち主らしい。おもむろに、紙に『帝王』って書きだしたから、笑っちゃった。
まあ、書けば切りがないのだけど、私も母も、大概初対面の印象って「おとなしそう」とか「冷たそう」とか、いたって静かな印象みたいで、私なんかはそれに随分コンプレックスを抱いてきたものだけど、このおじさんはすっかり私の悩みを分かっていた。
こんなに外に出しているオーラが強い人だから、あなたの根本にある女らしさを持ち合わせた本当の姿は、殆ど他人からは見えないって言われた時に、ああこ
のおじさんは凄いって思った。もしくは、数字って凄いなあって思った。さらに、そういう陽のオーラを発しているがために、陰な男性しか近づいてこないらし
い。◎、○、△、×と男性をわけたとしたら△と×しか近寄って来ないし出会えないらしい。
これには、心当たりがありすぎて、そうだとしたら名前とか生まれた日って本当に凄いって思っちゃった。
母が、「でもとってもいい子なんですよ」って言ったら、「うん、僕には凄くよく分かりますよ、このお嬢さんがとっても女性として素敵な人だって。でも、他人からはそうは見ないんですよ」って。もう、目から鱗だった。
ただ、この話の結びとして、その力を変えるには名前を変えて字画を変えるって言う方法があるって言っていたけど、そんな簡単に言われてもねえ。(笑)
まあ、恋人が出来るか否かは、ひとまず7日の七夕にお任せするとして、しみじみと、父と母の子として産まれた必然を感じずにはいられなかった。
最後に、おじさんは宇宙の神秘とか、数字の神秘について、語っていたけど、本当にこの世は不思議な事だらけだ。
とにかく、人々が
さずかった命を大切に
投げ出さず
息をすい、
笑い、
うたうことができますように
Love,
Ryoco